2代目「伊予灘ものがたり」、外観も中身もそっくりに生まれ変わった理由

愛媛県の海岸沿いを走るJR四国・予讃線の観光列車「伊予灘ものがたり」が、“2代目”となって帰ってきた。車内から穏やかな伊予灘の風景を楽しめることで人気となったこの列車は、キハ47形を種車とした初代車両が2014年7月26日にデビュー。観光列車ファンのみならず沿線地域の人々にも愛されながら走り続けてきたが、車両の老朽化が進んだことから2021年12月27日に惜しまれつつ引退した。代わって今年4月2日にデビューした2代目車両は、種車こそ特急型のキハ185系に変わったものの、伊予灘の夕景や愛媛県の柑橘類をイメージした茜色と黄金色の外観デザインは初代車両を踏襲。車内もレトロモダンというデザインコンセプトはそのままに、8名用のグリーン個室を設けた3号車が加わるなど、設備面を大幅にブラッシュアップした。

初代車両は7年半で累計14万人以上が利用した人気列車だったとはいえ、観光列車が名称やコンセプトを同じくして生まれ変わる例はそう多くない。「伊予灘ものがたり」に関しても、全く異なる車両を作って新たな世界観の旅を提案するという選択肢もあったはずだ。しかし、JR四国の「ものがたり列車」全ての車両デザインを手掛けているデザインプロジェクト担当室長の松岡哲也さんにはある思いがあった。

精髄のお手振り文化

▲初代・2代目両方の車両デザインを手掛けたデザインプロジェクト担当室長の松岡哲也さん

「『伊予灘ものがたり』の一番の魅力は、沿線でこんなにもお手振りをしていただける車両になったということです」。そう松岡さんが説明するように、「伊予灘ものがたり」の旅には地域住民の“熱烈歓迎”というエッセンスがある。始発駅や途中停車駅のみならず、通過駅や沿線の民家・店舗などからも地元の人々が旗や横断幕を持って列車に手を振ってくれるのだ。多くの人が笑顔で出迎えてくれる光景が旅の思い出の一つになっている多いだろう。その多くはJRや自治体が働きかけているわけではなく、住民たちが自発的に動いてくれているのだという。「7年半ずっと地元の方に盛り上げていただいた車両なので、そのイメージが変わるというのはちょっと違うのかなと思いました」。

▲沿線の歓迎に手を振って応えるのも「伊予灘ものがたり」の旅の楽しみの一つだ

「ものがたり」がずっと続いてほしい

▲4月2日にデビューした2代目車両(左)と、2021年12月27日に引退した初代車両

松岡さんが沿線にお礼のあいさつに行くと、地域の人が「お茶でも飲んでいって」と温かく迎えてくれた。「嬉しいのは、お手振りによって地域の方同士の横のつながりができたという話を聞くところです」と松岡さんは振り返る。

人と人とを結んだ初代車両。「もうちょっと頑張って走れないかなと思っていましたね。しかし、冷房の故障もあったりして(引退は)仕方ないのかなと」。種車のキハ47形は昭和50年代製で、今後どれだけ走れるかわからない。しかも初代車両の外装はラッピングのため、取り替えるとなれば下地まで剥がすような大掛かりな作業になる。こうした事情もあり、乗客にも地域にも愛された「伊予灘ものがたり」は運行開始から7年半というタイミングで2代目として生まれ変わることになった。

1・2号車は壁紙などの内装材も初代と同じものを使って初代車両のイメージを大切に残しつつ、フリーWi-Fiや電源用USBポートなど時代に合わせた設備を整えてグレードアップさせた。当初は社内でも“新型車両”などと呼ばれていたが、呼び方を“2代目車両”に統一した。

▲初代車両の2号車「黄金の章」の客室内

▲初代車両の内装デザインを踏襲した2代目車両の2号車。名称も「黄金の章」を継承している

「駅舎も建て替えれば、初代、2代目、3代目……と続いていきます。『伊予灘ものがたり』もそのように、ずっと続いていってくれたらという思いで“2代目”と呼ぶことにしました。キハ185も国鉄車両なのでいつまで走れるかわかりませんが、一日でも長く走ってもらいたいと思っています」。初代車両が生み出した人々の笑顔を真新しい車窓に映し、2代目車両は新たな物語を紡ぎだした。

▲JR四国のイメージキャラクター「すまいるえきちゃん」と「れっちゃくん」の生みの親でもある松岡さん