公取委のOTA立入検査は旅行者にメリットを生み出すか 宿泊施設から見た業界事情【永山久徳の宿泊業界インサイダー】

一方でこのような高圧的な手段を使ってでも宿泊施設から他社より有利な条件を引き出さなければならない背景には宿泊予約マーケットの環境の激変がある。ここ数年で、宿泊予約においていつも特定の旅行会社やOTAを利用する「浮気しないユーザー」の比率は激減していると考えられる。その要因となっているのはいわゆる価格比較サイト(メタサーチ)の台頭だ。

メタサーチでは宿泊施設名を検索すると、宿泊施設と契約しているOTAの販売するプランが一覧表示されることから、ユーザーは最低価格を提示しているOTAがどこであるかということにはあまりこだわらなくなってきた。そこが国内OTAであろうが聞いたことに無い海外OTAであろうが同じ土俵で比較されてしまうのだ。筆者が以前問題視した中国系OTAの架空販売問題も、このメタサーチにより空室に釣られたユーザーが慣れないOTAに飛びついたことが事態を大きくしてしまった。

メタサーチの世界では、理論上は新興OTAであっても、宿泊施設の販売客室を手に入れ他社より薄利にすることで、あっという間に上位表示され大手OTAと戦うことができるのが現実だ。実際に宿泊施設のフロントにおいても自分がどのOTAから予約をしたのか理解していない宿泊者が激増している。各OTAがこれまで10年以上にわたって大切に囲い込んできた顧客が、メタサーチによっていとも簡単に他社に流出してしまっているのだ。これまで囲い込みに有効であったポイント制度も一旦メタサーチで遊牧民となったユーザーの引き留めには効果を発揮しない。ここではまさに販売室数1室の差、宿泊プラン価格1円の差が販売量に大きな影響を与えてしまうことから、各OTAは宿泊施設に対して「1室でも多く、1円でも安く」を要求することが以前にも増して最優先事項になってしまい、公正取引委員会が問題視するほどに高圧的になってしまったのかも知れない。

業界により商慣習は異なるが、通常の商店であれば店舗は商品を仕入れ、経費や利益を上乗せして販売価格を決めるのが基本だろう。そこから在庫過剰や他店との競争激化で値下げをしたり、人気商品を値上げしたりすることで利益率を変動させる。しかし旅行業界では、利益率は固定した上で、仕入値を変動させることで販売価格を調整するという順番で宿泊料金が決まっていた。今回の騒動はこのような宿泊予約の特殊な仕組みを旅行者に知らせる機会となったが、将来の流通改革に向けた記念すべき一歩となるか、単なる指摘箇所のみの是正に終わるかは、旅行者がこれまでOTAや宿泊予約に対して抱いていた不明瞭さがどのくらい解消されるかにかかっている。もちろん宿泊施設側も単に留飲を下げるだけでなく、価格に見合った価値をしっかりと旅行者に届ける努力が必要になるだろう。

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