所持金ゼロ、高熱でも宿泊拒否できず 前時代的な旅館業法の問題点【永山久徳の宿泊業界インサイダー】

旅館業法

新型コロナウイルス感染症による激変にさらされている宿泊業界で、宿泊事業者の規制の根本となっている旅館業法の前時代的な内容が再度クローズアップされている。普段、利用者には意識されることない旅館業法について何が問題なのか、特に論点となっている2点について整理しておきたい。

第5条、宿泊拒否の禁止
第5条 営業者は、左の各号の一に該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない。
一 宿泊しようとする者が伝染病の疾病にかかっていると明らかに認められるとき。
二 宿泊しようとする者がとばく、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき。
三 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。

この条文の存在により、高熱を発した予約客が来館しても「単なる発熱だけでは伝染病にかかっているとは認められない」ため、宿泊を断ることはできない。レストラン、物販、劇場、旅客運輸などほぼあらゆる業種が入店を拒否できるにもかかわらずだ。厚生労働省もこの条文の存在を重く見ており、わざわざ都道府県に対して「宿泊施設が単に発熱だけで宿泊拒否することの無いように再度指導すること」という主旨の文書を出しているし、宿泊施設に対しては「発熱者が来館した場合、丁寧な説明と本人の了解のもと、拒否ではなく自主的に辞退してもらうように」と受け取れる意味合いの通達をしている。

つまり、「コロナ禍においても旅館業法は絶対的なものだ」ということを再確認しているのだ。

この第5条はその他にも幅広い解釈が可能で、これまでにも「玄関まで来た客が一文無しでもとりあえず宿泊させなければならない」「バリアフリーが整っておらず、非常時に危険な施設であっても障碍者の宿泊を断ってはならない」など、”NOと言えない宿泊施設”であることを知った上で、故意にトラブルを引き起こす利用者も後を絶たず、業界の大きなストレスとなってきた。

例えば、この条文の解釈次第では予約客が存在する以上休館は許されず、施設や従業員に何が起ころうと宿泊させなければならないことになってしまう。災害時にJRや航空便が早々に運休や欠航を決定しても、宿泊施設は来るか来ないかわからない予約客のために危険を冒してスタッフを出勤させなければならないという不合理が生じている。

緊急事態宣言により開店休業状態になってしまった宿泊施設の窮状を見兼ねて、厚生労働省も、「利用者が少なく営業が立ち行かない状況は『宿泊施設に余裕がないとき』と解釈できる」と苦しい理屈で予約客が少ないことによる休業を追認する旨通知をしたが、5条の存在が本質的な矛盾に満ちていることを自ら認めた構図となってしまった。

なぜこのような条文が存在しているのか。この旅館業法が施行された昭和23年における時代背景に理由がある。貧富の差も激しく、治安も今より格段に悪かった時代に、「懐を見ながら客を断るような宿泊施設は取り締まるべき」、「外見的な差別による宿泊拒否は禁止すべき」、「宿泊施設は困った人を率先して救護すべき」という考えが取り入れられたのは想像に難くない。当時の伝染病といえば、天然痘など外見でそれとわかるものが主だった。

しかし、現在では、例えば吹雪の中凍え死にそうな旅行者が玄関先まで来て助けを求めるケースがどれほどあるだろうか。予約しているにもかかわらず、身なりや客を追い返す差別的な対応を取る宿があるだろうか。戦後まもなくの時代とは異なり、宿泊施設以外でも24時間営業している店舗が存在し、緊急時に駆け込める施設も多くある。さらに障害者差別解消法やその他差別を解消するためのルールも網羅されている現在、旅館業法においてこのような独立した制限を設けている事による問題点が顕在化しているのは間違いない。

現代において、この条文に欠けているのは従業員や他の宿泊者の安全確保の概念と、利用者が定められた義務を果たさない時に宿泊拒否できる権限であろう。同じ宿泊施設で同じ時間を過ごす以上、従業員、宿泊者を問わず、公衆衛生上、保安上のルールを守る必要もあるからだ。そしてその権限は航空機における機長権限と同様に宿泊施設側が持つべきだ。いずれにしろこのままにしておくべき条文ではないのは明らかだと言える。

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