内陸国の“ラオス鉄道”に乗ってみたら、“まんま”中国の鉄道だった件【レポート】

ビエンチャンから約4時間、はるばるボーテンまで来た。中国と直通運転をしていれば、この駅で国境を越える手続きをするものと思われる。今回の鉄道旅では中国に入国しないのでここで折り返す。国境の街は、ほぼ中国の雰囲気。中国っぽい麺をすすって現地滞在3時間程でビエンチャンに戻ることとした。

復路はボーテンからビエンチャンまで直通の客車列車(25G型客車)にのり、硬座(日本でいう普通席、ボックスシート)を利用する。客車の検査場所は昆明と記載があり、一部ラオス語表記が多少足された以外は基本的に中国仕様の列車だ。

帰りの客車列車のほうが速度が遅いとはいえ、それでも路線を通して停車駅が少ないので快調に運行する。硬座は座席の向きが固定のため、進行方向と逆向きの席がアサインされた。まわりは中国人の団体客に囲まれ、雰囲気は完全に地方の中国国鉄である。

乗客は、8割中国人、残りの2割弱はラオス人、ごくわずかに欧米人がいるというところだろうか。ラオスは植民地支配の時代背景から、ヨーロッパ系の観光客を見かけるのがユニークなポイント。動車組の列車では自動放送があり、中国語とラオス語、英語が案内される。日本人からすると、ほぼ中国国鉄に乗るのと同じくらいの難易度だと感じる。中国国鉄に乗りなれていれば、ほぼ戸惑うことはない。

ほぼといったのは、この中国ラオス鉄道、訪問時点では外国人がネットなどで直接予約することはできず、旅行代理店に依頼するか、現地のわずかな空席をもとめて窓口に並ぶくらいでしか、チケットを入手できない。

団体旅行が盛んな中国に影響されるように、中国ラオス鉄道でも多くの団体旅行を見かける。そして、どの列車も滞在中はほぼ満席で、チケット入手はノープランでは難しいようだった。ほとんど旅行会社のツアー旅行に抑えられていると思っても差支えないようだ。外国人観光客や中国との運転に伴う本格的な運行への移行にあわせ、販売チャネルは拡大しつつあるが、どこまで利便性が向上するかは未知数だ。

復路ではビエンチャンに向かうにつれ、日が暮れていく。この日が暮れるタイミングにあわせ、バンビエン付近では気球を目にすることができた。大きな夕日と気球のシルエットを、車窓から眺めるのはなかなか趣がある体験で、まさにラオスならではの景色ではないだろうか。

日が完全に暮れて、しばらく単調なジョイント音とともに揺られ、列車はほぼ定刻にビエンチャン駅に到着した。降りた風景は完全に中国国鉄そのもの。適度な疲労感とともにビエンチャン駅から中心部へ公共バスで向かい、同行者とラオスのグルメを堪能し宿に戻った。

今回のラオス旅は、ビエンチャンの滞在が2泊3日。鉄道旅の翌日はもうラオス滞在最終日となってしまった。この日は、ビエンチャン全体で建築ラッシュが進む中、特に中国人が集まり、コミュニティが形成されている市場に足を伸ばした。ここでは、多少のラオス語こそあれど、漢字が大きいサインのみが並ぶ。中国に来たといっても充分に説得力がある写真ではないだろうか。今回は、純粋にラオスに惹かれて渡航したが、想像以上に中国の勢いがとんでもない事を実感させられるばかりの旅行だった。

ベトナム航空(エアバスA321neo)

ビエンチャンからの帰路は、ベトナム・ハノイ乗継をチョイス。ベトナム航空の運航便の接続が良く、ビエンチャンを午後7時台にでれば、ハノイから深夜便で東京成田など日本主要都市に翌朝につく。筆者はラオスの余韻そのままに職場に向かうことにするというハードモードな選択をする羽目になったが、そこまでしなくとも、いままさに経済発展の夜明けを迎えようとしている、あまり数の多くない国の1つを見に行くには、充分過ぎる近さだろう。

今回乗った中国ラオス鉄道は、あくまでラオス国内の暫定運行の雰囲気が強いものだったと感じる。これもいい経験である。というのも、2023年4月からはいよいよ待望の中国への旅客直通運転を開始したからだ。本領を発揮する中国ラオス鉄道が、ますます発展し魅力を増していくのが待ち遠しい。中国ラオス鉄道から目が離せないこと間違いなしだ。そう断言できる、濃いラオス旅行は幕を閉じた。

このラオス旅行の、中国ラオス鉄道の乗車レポートは、中国ラオス鉄道を含む中国国鉄13万キロの時刻を収録した「中国鉄道時刻表 2023春夏 vol.11」にも掲載している。時刻表には日本の10倍以上の路線網を縦横無尽に走る列車の時刻はもちろん、コロナ禍で変化した中国国鉄の乗車に役立つ営業案内などのコンテンツが凝縮されている。公式サイトでも購入できるほか、一部の委託書店や即売会で手に取って閲覧することができるため、是非このラオス鉄道の記事から、時刻表への興味を抱いていただけると幸甚である。

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